この歳になって気づいた「何もないのも幸せなんだ」って

気づき

突然ですが、あなたは今幸せですか?

私は昨年インフルエンザにかかり、今年はがん検診で引っかかるなど、体の不調が続きました。

これらの出来事をきっかけに、改めて「普通に生活できることが幸せだ」と強く感じています。

今日はそんな「幸せ」について、孤独な中年おじさんが気づいたことを語ってみようと思います。

離婚後の幸せの形

私は過去に一度結婚に失敗しています。

子どもの親権は元妻が持っています。一緒に過ごせた時間は、本当にあっという間でした。

子どもの成長をそばで見守ることはできませんが、それでも子供が幸せに暮らしていることを願うばかりです。

離婚の1年後くらいにはパートナーもでき、仕事も順調だった頃体を壊してしまいました。

仕事仲間にも恵まれ、好きな国へ出張もでき、感謝していることもたくさんあります。それでも、やはり体が資本。

無理を続ければ、いつか限界が来るのは避けられません。

今はフリーランスとして、自分のペースで働くようになりました。収入は以前より不安定ですが、時間の使い方を自分で決められるようになったのは大きな変化です。

十分な睡眠ととった朝に、深呼吸をしながら身体の声に耳を傾ける。そして、無理のない範囲で仕事をする。

当たり前のことだと思っていた健康に、今は感謝できるようになりました。

幸せの形は変わるもの

幸せの形は、時と共に変化していきます。

以前の私の幸せは「妻や子どもと過ごす時間」でした。

しかし、離婚を経験し、年齢を重ねるにつれて幸せの基準が変わってきています。

同年代の友人で早い人は、もう子育てもひと段落ついていることでしょう。もしかすると、あと数年で孫が出来てもおかしくないかもしれません。

私にとっての幸せは、家族と過ごす時間ではなくなったけれど、自分らしく生きることにシフトしました。

親兄弟に甥っ子や姪っ子も元気な事、私自身も体の不自由などもなく、当たり前に生活できていることに今幸せを感じています。

大したことはできませんが、親が元気でいてくれることも幸せだなと感じています。

30代後半から40代の前半まで海外で単身生活をしてきたので、家族のありがたみよりがわかるようになりました。

ただ元気でいてくれればそれでいいんです。

世間一般でいうところの成功者ではありませんが、心の底からなにもない事が幸せだなと感じるようになりました。

無理をしないことの大切さ

離婚後、父親として少しでも誇れる存在でありたいという強い気持ちがありました。

もしかすると、子供はただ単に一緒にいて欲しかっただけなのかもしれませんが、たまに会った時に仕事で成功している父親像を見せたかったのかもしれません。

しかしその結果体調を崩し、気づいた時には無理のし過ぎが自分を苦しめていることに気づきました。

それでも、少しずつではありますが、無理をせず、自分のペースで生きることが、父親としても一番大切なことだと感じるようになりました。

体調の変化に敏感になり、無理をしないことの大切さを実感しています。

孤独な一人暮らしでも心は豊かに

孤独な一人暮らしの中で、心は豊かに保とうと努力しています。

パートナーはいるものの、仕事の都合で別々の場所に住んでいるため、時折孤独を感じることもあります。

しかし、その感情をどうにか乗り越え、心を満たす方法を見つけることが大切だと思っています。

若い頃の趣味にはもう興味が湧かず、体力も衰えてきて、人生のピークはとっくに過ぎてる…

正直、そんな現実を受け入れることは難しいですし、いまだに完全には受け入れられてないです。

しかし、変えられないものと戦い続けることは無駄なエネルギーの浪費というもの。

老いや死は誰にでも平等に訪れるものですから。

最近ではオーディオブックで「老い」に関する本を聴くようになり、先人たちの老いに関する心構えみたいなものを学んでいます。

これからは「老い」とうまく付き合いながら、日々アンテナを張り、特に何事もない日常から小さな幸せを見つけ出していきたいと思います。

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